高校時代の実録

毎日を過ごして、感じたことを日記のように文章にしていこうと思います。

5.朱色に照らされて

   境内の鳥居や本殿などは朱塗りにされている。神様の力である豊穣を表しているという。多くの鳥居が境内に並ぶことでおびただしい数の観光客を集めるこの神社は、昼間は歩きづらくなるほど観光客が押し寄せるが、日が落ちる頃にはだいぶ景観を楽しめるようになり、写真も撮りやすくなる。ところどころに設置された電灯の光が朱色を照らし通り道を非常に優美な雰囲気であった。私たちは写真を撮りながらゆっくりと歩き、三ツ辻へたどり着いた。ここでさらに上り続けるか帰路につくか相談した。彼女は、私がどっちがいいかと聞くとたいていどっちでもいいと言う性格であった。やはり今回もどっちでもいいと言ったが、私がもう百五十段ほど上ると見晴らしがいいよと言うと彼女も上ろうと言った。しかし、百五十段は彼女の膝には来るものがあったのだろう。「膝がちょっと痛いな。」気遣いを含みながらもそう言った。今になって思い返せば鞍馬寺の時から痛むと言っていた膝を、鴨川沿いを歩き回り今日は酷使しすぎたのではないかと思え、反省した。元来、運動は不得手であったが一人で自転車に乗り近場を散策したり、あるいは繁華街や歴史的な名所を歩き回ることは好きであったので、一日中このようなことをしていてもへばらないだけの足は持っていた。彼女は強い。スポーツをするにはもちろん圧倒的に彼女の方が優れているだろう。私の足は学校の体育の授業で持久走をさせれば一番最後に白線をまたぐような足だ。しかし長時間の使用が彼女の膝には良くなかった。そう思案に暮れていると目的地の四ツ辻へと着いた。そこには大勢の人が夜景を楽しんでいたがその大多数が男女の二人組であり、私は若干の嫌悪感を抱いたが彼女はそんなものより夜景に興味が入ったらしい。私たちはたまたま空いていたベンチに腰掛け、三十分ほどを過ごした。
    実に綺麗な夜景であった。日没から一時間くらいが経った時刻のことであり、まだ街の音が聴こえてきた。街がまだ寝静まっている早朝とは正反対で、まるで日々忙しく働く日本人を表しているかのようであった。電車のジョイント音や車のクラクションの音、そよ風が木を揺らす音を余韻に浸るように私は目を閉じて聞いた。今日はとても幸せであった。デートが決まった昨日から今に至るまでが一瞬のように感じられる。また、幻想なのではないかとも感じられた。彼女は私の想像していた以上にしっかりしていた。それでいて、素直である。現代の女子のほとんどは寺社仏閣や街並み、生活などで長年日本の中で育まれた伝統的な抽象物に対して、古典文学においてよく言う"あはれ"のような感情を抱くことはほとんどなく、無関心のように思われる。しかし彼女は嫌な顔一つせず私についてきてくれた。私が鈍感なだけかもしれないが、彼女は素直に楽しんでくれたのではないかと感じ、とても嬉しかった。そういう素直なところが私が惹かれる所以であり、可愛くみえのであった。今日は私たちが恋仲であるようであった。まわりの所見からすればこの四ツ辻の広場に群れる奴らと同類に違いなかったのであった。しかし、この幻想ももう数時間もすれば終わってしまうのであった。私は急に惜しくなった。ともに時間を過ごしたい。目的が無くてもいつでも会えるような仲になりたい。もっと彼女について知りたい。私ができるだけのことをして彼女を支えたいとも思った。この熱情は私を罪人にしたのである。この時の私はリスクなどを考える余裕などはなかった。「なッあぁ...」呼びかけてみるも、体が震えてうまく声が出せなかった。悪い癖だ。緊張すると頭が真っ白になってしまい、声を出しても何を入ってるのか理解できないようになってしまうのだ。しばらく私は舌が攣ったかのように沈黙してしまった。一分くらい沈黙しただろうか。私は言った。「帰ろう。」と。そして長いこと座っていたベンチを立った。


   私は言えなかった。これが恋と呼べる恋としては初めての恋だったからかもしれない。階段を数段下りた時、彼女は言った。「さっき本当にいいたかったことは「帰ろう。」なの?」私は驚いたが違うと即答した。もう後には引けなかった。そして、しばらく黙々と階段を下り続け、また三ツ辻を過ぎたあたりで私は言ってしまった。今となっては何と言ったかは覚えていない。できれば事細かに記したかったのだが、あまりの心の乱れで記憶能力が麻痺していた私は境内を出るまでは断片的にしか会話を覚えていない。彼女はまず驚いた。そして間髪入れずに嬉しいと言った。私は答えを聞いた。それに対して彼女は迷いなく「断る理由なんてないよ。〇〇はこれまでに会った人の中でもすごく優しいから。」感極まった。
   その後を言うと、どの点が好きなのかだとか今日その事を伝えるつもりで来たのかと聞かれた。惹かれた理由は何となく濁し、告白する予定はなかったと言う事を伝えた。境内を抜け、駅へと向かう途中彼女は呟く。「夜景マジック...」わけがわからない私は何かと問うた。「雰囲気に騙されてあたかも隣にいる人のことが好きなんじゃないかって錯覚するの。」私は即否定した。もしかすると、夜景がきっかけになったのかもしれないが、好きという感情は元より私が強く抱いていたものであるからだ。さらに言うと私が好きでもない人と二人で出掛けるなどありえないのである。すなわち、好きでもない人に告白してしまうようなバカバカしいシチュエーションなど起こりえないのである。
彼女が乗り物酔いに弱いことから、帰りの電車は各駅停車でのんびりと帰ることにした。私もこの余韻に浸りたく、ちょうどよかった。中書島を過ぎたあたりのことであった。「一つ言っておきたいことがあるんだ...。」私は少しゾッとした。何か先ほどの出来事がひっくり返るようなことを言わないのは明らかであるがその時の私は内心で過剰に反応していた。「私実は好きな先輩がいて...」先輩という言葉に、夕刻の告白に登場した先輩だろうかと気になったが、私は固唾を飲んで聴き続けた。話は続く。「部活やってるうちに男ハン(男子ハンドボール部)に頼れる先輩ができて、関わりを持ってるうちに好きになってきて...。その人と部活終わりにご飯に行ったり、遊んだりもした。私は隠すのが嫌いだからこれだけは言っておきたかった。だから私は今〇〇(私の名前)のことが好きという気持ちはないの。それでもいい?」私は安心した。問題ないと答えた。私は元より多少の夢を見ていたことは認めるが、彼女が私に好意を寄せているとは、思っていなかった。だから、今私のことが好きかどうかなんて構わなかった。これから好きになってもらえたらそれで良かったのだ。このように、彼女が話したことに対して危機感を持っていなかったのである。私は愚かであった。この時にもっと話していればこの後迎えるバッドエンドを未然に防げたのかもしれない。続く