高校時代の実録

毎日を過ごして、感じたことを日記のように文章にしていこうと思います。

2.幼馴染

   最初に明言しておくが、この文章は実録である。


   アメリカ留学を五日後に控えた同年の三月十日金曜日に遡る。日に日に三寒四温と言える春の近づきを感じられる気温の高い日が多くなってきている中、比較的寒さのきつい日のことであった。なんとなく幼馴染の女の子(ここでの呼び名は彼女と呼ぶ)とLINEで話していた時、彼女はこのようなことを言った。私大阪以外に出かけることなんて滅多にないからどっか行きたいなぁ。私はこう返した。明日どこかへ行こうか。即答した。このことから私は彼女に好意を持っていたということは明らかである。そして断る理由もない彼女は驚きながらもいいと言った。この時の私は、彼女とデートに行けると決まり舞い上がっていた。そして、私は愚かであった。デートに行ってくれるということは多少の私に向けての好意を彼女が持っていると思っていたのである。実際どうなのかは今となっては分からない。

 

   私はその日、早々に翌日の準備をして寝坊をしないよういつもは使わない2つのアラームをセットした。しかし、アラームは無駄であった。設定時刻の1時間前に興奮で起きてしまった。こんなこと今までになかった。私は小学生の頃から遠足の前日は興奮でよく寝れない癖があったのだが、当時高校一年の私は小学生の遠足の時よりも遥かに興奮状態にあったといえる。洗顔をし、ちぢれた毛質の髪の毛をセットしようとするも慣れていなかったので諦め、カバンの中の持ち物を六、七回チェックし、まだかまだかと時計を見ていたのを覚えている。行き先の京都は彼女がどこでもいいと言ったので、私が決めた。なぜ京都かというと、私の親が子供の頃から連れて行ってくれ、私も好きであったからである。そのため、土地勘は優れていたし、有名な店なども知っていたので、まさにホームグラウンドでの戦いだったと言える。そして、多少の自信を持って、今日を楽しもうと純粋な気持ちで京都へと出かけた。


   三月十一日土曜日、当日は春が近づいてきているとは思えない寒さであった。しかし、そんなことはどうでもよかった。私は集合時間の10分前には到着し彼女を待った。それから、集合時間より数分遅れて彼女がやってきた。彼女は幼稚園から中学まで一緒だった幼馴染で、学校では一番可愛い女の子であった。中学ではバレーボールをやっていたが高校(府内有数の進学校)に上がりハンドボールに転向、さらにキーパーをつとめているという。男子のような勇気、勇敢さがそれを可能にしたのだろう。しかし、彼女は身長155cmくらいで小柄で僕にとっては本当に可愛いく思えた。長髪以外魅力を感じなかった私であったが彼女のベリーショートの髪型だけは例外であった。もちろん容姿は私にはもったいないほど整っていて、私が彼女に惹かれる一因になったことは間違いないが、彼女に惹かれた本当の理由は違うところにあった。彼女は中学の頃から部活に打ち込みとても真面目であった。その私には持っていない、同じことに打ち込み続ける精神力に私は惹かれたのだ。尊敬した。一生追いつけないなと思った。


   今日の彼女は全体的に落ち着いた印象を受ける服装をしていた。後に聞くと、京都の雰囲気に合わせたのだという。そういう細かい心遣いも私にはできない。電車に乗ると目的地まで会話が心地よく風景とともに流れて行った。中学卒業から数回しか会わなかったから会話の種が尽きることは無いのだと思う。途中で私が京阪線内乗り放題の切符を彼女の分まで買って、私に払わしてと言ってきたが、もう高校生の男子なのだからこのくらい払わしてと頼んだ。渋々了承したように見えたが、彼女の頑固さはやはり中学の頃から変わっていなかったようで、後々、私は一杯食わされることになった。続く